大沼ねこひ日記

三月の羊の製造以外(企画、営業、広報、売り子 +マイフィールドの喫茶、絵本、gallery)を担当。高崎→東京→大沼へ

ニヒル牛ありがとう

杉並区西荻窪に、たまの石川浩司さんがプロデュースした
元祖ボックスギャラリーがある。ニヒル牛だ。
ニヒル牛2のカフェでは、三月の羊の食パンを使って
いただいていた。

うちのパンをとても気に入ってくださっていて、
西荻を去る直前、亜古さんが芹沢にインタビューした記事を、
1年近くかかって、すてきに仕上げてくださった。連載は全7回。
三月の羊のパンのひみつ



(上)震災後、夫が気持ちを明るくしようと焼いてくれた
トップハムハット卿パン(トーマスに出て来るふとっちょの局長)

記事の2に、厳しいお菓子の修業時代の話が載っている。
結婚して私が「三月の羊」に加わったとき、やつはそのイメージで、
徹底的に私をびしばしと鍛えた。
ふたりきりの職場でそれは地獄だった。
忙しさも手伝って、鬱になりかけた嵐の新婚時代。

羊飛び出し注意じゃなくて、私が飛び出しそうだったよ。
けどさ、色々大変だったときにすごくむかついて、
棚に並んでいた食パンをやけ食いしたんだ。
そしたら、あんまりおいしくて、頭に来ているのに、感激してしまった。

性格偏屈だって、やっぱりこんなすごいものを作るんだもの、
私はそれをもっとたくさんの人に食べてもらえるよう、
がんばらなきゃなぁって思った。
(それに基本的にはとても素直な人だとフォローしておく)
そう実感できてから仕事がスムーズになり、怒られることもだいぶ減った。

震災のことで、今ほんとにたくさんの人が疲れていると思う。
直接届けるだけではなく、こういうお菓子とパンが存在することは、
ほんの少しでも日本を照らしていると、私は実感する。
届いた方たちからの温かいメール、お便り、かえってくるものが、
たくさんたくさん。通販でさえ。

冬のあいだ、水が凍って出ないときは4キロの水を背負い、
2キロかけて通勤し、寒さに震えながら仕事をしていた夫。
大変だったけど、目標がはっきり見えているから耐えられたのだと思う。
あくまでも、今はステップだから。

彼が本領発揮できる場所が早くできるといいなぁ。
喧嘩してもやっぱり仕事を一緒にしようと思うのは、
社会貢献的な気持ちなのか、ただ餌付けされてるだけなのか。
笑いながら、今日もススメ。