大沼ねこひ日記

三月の羊の製造以外(企画、営業、広報、売り子 +マイフィールドの喫茶、絵本、gallery)を担当。高崎→東京→大沼へ

アルプスへの旅

(『ハイジ』J・シュピーリ作、矢川澄子訳、福音館書店

このところ、福音館書店の古典童話シリーズに感服することしきり。この、今となっては時代がかった地味な装丁から予想もできない程(失礼!)の生き生きとした世界のギャップがまた良い。本ってすごいなぁと何度でも思ってしまいます。

ガンバやニルスはちょっと読む人を選ぶかもしれませんが、『ハイジ』はしっかりした構成とまるでアニメを見ているような動きのある人物描写や情景描写で、読む人をひきつけ、あっという間にラストまで連れて行ってくれるでしょう。

言わずもがなの名作ですが、今のような不穏な空気の漂う時に安息をもたらしてくれること請け合いです。ハイジの曇りのない心に、何かが洗い流されてゆきますし、山の上の澄んだ空気と植物を存分に味わうことができました。

アニメ版も大好きで、子どもの頃夢中で見ていました。野山をはだしで駆け回るハイジ、木の家やとろけるようなチーズ、藁のベッドに憧れたものです。原作を読むと、アニメがかなり忠実に、世界観を大切に作られていることがわかります。アニメで出てこなかった「おんじい」の過去も明らかに。

ただひとつハッとしたのは、映像化する時にこの本の核となる部分(と私が思う)場面が削られていること。クララがたったひとりで山の上の牧場で自分の手から餌を食べるユキンコの姿を見ている時に、ふと「自分もちゃんと一人前の人間として、人に助けられるばかりでなく、人を助ける立場になれたら」という思いが心の内に湧き上がってくるところです。

この内面の静かな決意を物語の受け手が存分に享受できることこそ、本のすばらしさではないでしょうか。つまり、映像化する時には何の変哲もない、見どころのない(けれどとっても大切な)場面が、逃されることなくしっかりと心に迫って伝わってくるのです。

原作では、このような衝動が契機となってクララが立ち上がってみようかな、という自立の気持ちへ動いてゆくのがわかります。確かアニメでは、車いすが突き落とされたから衝動的に立ち上がった、という風だったと思います。

矢川澄子さんの訳の為か、私が以前別の出版社のバージョンを読んだ時よりも年を重ねている為か、今回の読書は以前にも増して充実した清々しいものとなりました。この、わずか17×21×3.5㎝の物体の中に、なんて広大な世界が入っているんだろう。本を閉じて、とても不思議な気持ちになりました。