大沼ねこひ日記

高崎→東京→北海道大沼へ移住したひさQの日記。「三月の羊」の喫茶とgalleryを担当

みそ汁とライ麦畑

息子2作のみそ汁

毎夜息子に本を読んでいるので、自分の読書はほとんど進まない。先月「もみのきぶんこ」へ行ったとき、ずっと気になっていた名作をお借りし、秋の充実した読書タイムが叶った。

図書館で借りたのだったら、忙しさに紛れてそのまま返していたかもしれない。

J.D.サリンジャー野崎孝白水社 1984

あまりにも有名な『ライ麦畑でつかまえて』は、文体が独特で入り込むまでに少し時間がかかったけれど、名作と言われるからには面白みがあるはずと信じて進み、半分以上過ぎた頃にようやく主人公のひとり語りが心地よくなってきた。

「死んでから花をほしがる奴なんているもんか。一人もいやしないよ。」
若く高潔な精神が見つめる大人や社会の滑稽さを簡潔な言葉で表す名作のゆえんが、端々に光る。

タイトルの由来になっているライ麦畑は、スコットランドの詩人ロバート・バーンズの詩から来ていると初めて知る。スコットランドの詩人ロバート・バーンズの名を、私はカナダのシンガーエディ・リーダーの名盤「バーンズを想う」で知った。

珍しく夫と共通の趣味で、西荻の店をOPENした頃から秋が来るたびに何度となく聴いてきたアルバム。スコットランドでは国民的な詩人だそうだ。

タイトルはあまりにも有名な『ライ麦畑でつかまえて』だけど、皆さん読まれているだろうか。私は10代の頃から気になってはいたものの、翻訳本独特の近寄りがたさに気おされて読むことができなかった。

16歳のホールデンが、世の中を純度の高い目でシニカルに切り刻みながら、高校を退学後あてどなく過ごす数日間の話。後半で小さな妹に何になりたいか話すとき、おしゃまな妹に、その歌の題名は「ライ麦畑で会うならば」よと指摘される。


調べると、この曲は日本でも有名なあのスコットランド民謡だった。唱歌で言えば「故郷の空」、ドリフターズの「だれかさんとだれかさんが麦畑~♪」でおなじみの曲。ここからハイライトをネタバレ紹介。

広いライ麦畑に何千という子供たちがいて、大人は誰もいない。子供のほかは僕一人。「僕はあぶない崖のふちに立ってるんだ。僕のやる仕事はね、誰でも崖から転がり落ちそうになったら、その子をつかまえることなんだ」「ライ麦畑のつかまえ役、そういったものに僕はなりたいんだよ。」

ひりひりするような、あてどのない感情に共感しつつ、やっぱり47歳の私が読むと、最後に若きホールデンにこう言いたくなっちゃう。

でもあなたには、帰る場所があるよね。

居場所がないなんて幻想さ。若さの作るロマンチックな幻想だよ。------それを言ったらおしまいだけど。

この小説が1951年に出版されたということに改めて驚く。とても現代的なので、これを原作にドラマ化しても全く違和感がないだろう。この時代を突き抜ける普遍性が、名作ってことか。

息子の作ったみそ汁には、とても丁寧に角切りされた豆腐が入っていた。惜しげなく使える時間がある、少年たち、青年たち。祈る。時にはぐちゃぐちゃでも濁ってもいい、兎に角生き残ってくれよ。あぁ、私はすっかりお母さんになっちゃったな。

高校時代に男の子として読んだら、また随分違った鮮やかさがあっただろう。

ピカソの絵がついたクラシカルな方を手に取ったが、2003年刊の村上春樹訳バージョンもいつか読んでみたい。自分では届かない読書に導いてくれたもみのきぶんこさんに感謝。


*『ライ麦畑でつかまえてJ.D.サリンジャー野崎孝白水社 1984
*『キャッチャー・イン・ザ・ライ』J.D.サリンジャー村上春樹白水社 2003年