大沼ねこひ日記

三月の羊の製造以外(企画、営業、広報、売り子 +マイフィールドの喫茶、絵本、gallery)を担当。高崎→東京→大沼へ

既にそこにある


心ふさぐニュースが多いけど、部屋の空気を開け放ち、履きやすい靴を履いて外へ。明日死ぬかもしれないのに、人と諍っていたいと思う人はいるかしら。私は嫌だ。笑ってたい。おびえて武器を作るエネルギーも勿体ない。明日死ぬかもしれない私は、武器を作る暇なんてないよ。人と笑い合いたい。

思い切り森林の空気を吸い込み、既にここにある、既にここにある、と呟きながら東屋まで散歩した。足元にはサルナシの小さなグリーンの実が転がり、甘い香りを放つ。

20代で吸い込んだ大竹伸朗さんの『既にそこにあるもの』から入ってきた概念はすぽっと私に内蔵され、本当は全部、既にそこにあるという目で見るという目で世界を見たとき、大人が押し付けてくる「もっともっと、こうだったらいい」という重みはすっと抜けて、今のままで大丈夫、という気持ちになる。足すんじゃなくて、剥いでいくだけだ。


一回りして戻ると、先日スギヤマカナヨさんの『てがみはすてきなおくりもの』を買ってくださった手紙好きの女性が、手紙好きのお友達を連れて今日集めたばかりの貴重な風景印スタンプラリーの台紙を見せてくださった。

店が休みと知ってたけど、これを見せたくて、と室蘭のお友達と巡ったばかりの、森町郵便局が作った風景印台紙を差し出す。とっても地味な小さな駅舎たちと、それぞれの場所から見える駒ケ岳の山並みを取り込んだスタンプ。嬉しかった。

カナヨさんにいただいたご縁に感謝して閉めようとすると、自転車の修学旅行生が立ち止まって様子をうかがってる。「あるもので良かったらどうぞ」とドアを大きく開けると、パッと顔が輝いてぞろぞろ入ってきた。

みんなすごく楽しそうで、おごってあげると豪語した背の高い男子が代表してまとめて買ってってくれた。今時の若い子ってめちゃ礼儀正しいし、あまりガラの悪い子見ない。

時々こういう風に開けても「クッキーくらいしかないですよ。」と言うと顔を曇らせて帰ってゆく大人が多いのに、「お休みのところ開けてもらっただけでありがたいです。」と、自分が高校生だったらスラスラ出てこなそうな卒のない言葉でスマートに話してくれた。

昔なら「シャッター押してください」と言いそうな場面でも、私が言うまでは人を頼ることなんて考えにもなかったという風で、「押しましょうか?」というとまたみんなパッと笑顔になって「いいんですか!!」と可愛かった。
明るい気持ちをもらって家に入る。



店内のコートフックに厚沢部の杣人さんで買ったシックなものを気に入って使っていたところ、夏あたりから展示用にもう1つあったら、と思う場面が出て来た。

今回カナヨさんが多めに送ってくださった原画はまだ掛けきれず、先日いらした杣人のSさんに尋ねると、同じく厚沢部に住んでいる常連客のKさんが運んでくださった。早速付けると、とてもいい感じの一角になった。(SさんKさんありがとうございます♡)