大沼ねこひ日記

三月の羊の製造以外(企画、営業、広報、売り子 +マイフィールドの喫茶、絵本、gallery)を担当。高崎→東京→大沼へ

はるか彼方


土曜日、名古屋からのお客さんと話していたら、お互い20代の頃北海道を
旅して回ったチャリダーと判明。バイクで回るライダーに対して、自転車で回る
チャリダーは少数派。女性はさらに少ないのでお互いに嬉しくて懐かしい気持ちで
いっぱいになり、話が弾みました。

礼文島の名物ユースホステル「桃岩荘」にも泊まったという話になり、
当時出会ったわけではないけれど、同じような年代に走った北海道の爽快感を
思い出し、その当時でさえ「いつの時代?!」とびっくりした記憶のある
6−70年代のままのユースの雰囲気を共有した同士のような気分に。

桃岩ユースは日本で3つの指に入るという名物ユースで、船が港に着くと
「おかえりなさーい」と出迎え、見送りの時は「いってらっしゃーい」と
スタッフだけでなくその日泊まる人たちも一緒になって大漁旗で送迎してくれます。
「ここから先は桃岩時間」と言われた通り、時間がゆったり流れる場所で、
「夕日を沈める会」が行われたり、インパクトのある鰊番屋を改装したユースでは、
みんな一緒に歌ったり踊ったり。

ギターを弾いてみんなで歌う、というかつての若者たちにはありふれた風景なの
でしょうけれど、団塊ジュニアの私には新鮮で、桃岩荘で出会った人たちとは、
その後もしばらく交流が続きました。礼文半周コースでみた風景や高原のお花は
今も心に残っています。

まだそのスタイルでユースが続いているとのことですが、どんな年代の方が多いの
でしょうか。私が行った時はハイシーズンを外した初夏だったこともあり、
若者だけでなく中年の方まで幅広い年齢層でした。そこから日本一周をするというお兄さんや、
登山をして歩いているという母娘もいて、娘さんはその後富良野に移住したと聞きました。

すてきな体験をたくさんさせてもらった北海道の旅、その延長線上に自分がいて、
今その大地に住んでいるんだなぁと改めて不思議な気持ちになりました。